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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)1719号 判決

アメリカ合衆国

ペンシルヴェニア州ハリスバーグ フレンドシップロード四七〇番地

上告人

アムプ・インコーポレーテッド

右代表者

チャールズ・W・グーンレィ

右訴訟代理人弁護士

山崎行造

伊藤嘉奈子

松波明博

日野修男

東京都渋谷区道玄坂一丁目二一番六号

被上告人

日本航空電子工業株式会社

右代表者代表取締役

金井久雄

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(ネ)第五二六八号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成七年二月一四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山崎行造、同伊藤嘉奈子の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、右事実関係の下においては、被告製品によって構成されるモジュール形電気コネクタが本件特許発明の技術的範囲に属しないとした原審の判断は、正当として是認することができる。右判断は所論引用の判例に抵触するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 山口繁)

(平成七年(オ)第一七一九号 上告人 アムプ・インコーポレーテッド)

上告代理人山崎行造、同伊藤嘉奈子の上告理由

第一 まえがき

原判決は、本件特許権侵害の成否を検討する前提として、本件特許発明の技術的範囲の解釈について、

「本件特許発明の特許請求の範囲の記載[注:原判決の認定にかかる『本件特許発明の構成要件の分説』を別紙添付]によれば、構成要件(二)の『該モジュール』が構成要件(一)の「モジュール」を指していることは明らかであり、右『該モジュール』に、中間に位置するモジュールのみではなく、両端に位置するモジュールも含まれるか否かを解釈するために本件明細書の発明の詳細な説明や図面の記載を参酌する必要があるとは認めがたい」(判決書二三丁裏二~七行)

との判断を下した。

しかしながら、原判決のかかる判断は、特許法第七〇条第二項(平成七年七月一日施行の改正法)及び同第一項の規定の解釈、適用において判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるものである。

第二 本件特許発明の技術的範囲の認定に関する原判決の説示

一 原判決は、特許法第七〇条第一項に関し、

「特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法七〇条一項)、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明や図面の記載に照らして明らかであるなど、特段の事情のある場合に限って、発明の詳細な説明や図面の記載を参酌することが許されるにすぎないものと解するのが相当である」(判決書二〇丁表六~一一行)

との解釈を示している。

ところで、この解釈は、「リパーゼ事件」としてすでに有名である、発明の要旨の認定に関してなされた平成三年三月八日最高裁判決の

「この要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情のある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」

との判示部分をほとんどそのまま引用した形になっている。

二 実は、後述するように、右最高裁判決の捉え方を巡っては、いろいろと議論がなされているところであったが、原判決は、そのことについてはそれ以上言及することなく、本件事案について、

「本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)の『該モジュール』は構成要件(一)の『モジュール』を受けて記載されたものであって、構成要件(一)の『モジュール』を意味するものであることは一義的に明らかである。

そして、本件特許発明はモジュールから成る電気コネクタ(モジュール形電気コネクタ)に係るものであるから、両端に一個ずつ位置するモジュールと、その中間に位置する少なくとも一個以上のモジュールから成るものであって、構成要件(一)にいう『モジュール』が右双方のモジュールを含むものであることは明らかである(この点は、当事者双方とも当然の前提として議論しているところである)。

したがって、構成要件(二)の『該モジュール』は両端に位置するモジュールとその中間に位置するモジュールの双方を含むものと解するのが相当であって、『該モジュール』が構成要件(一)に記載された電気コネクタを構成するモジュールのすべてを意味するものではないと解する余地はないものというべきである。」(判決書二〇丁表一一行~二一丁表四行)

と判断している。

三 そして、右判断の理由として、

(1) 「『該』というのは、『問題となっている事物を指していう語。その。この。』という意味であって(株式会社岩波書店発行『広辞宛』参照)、本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)にいう『該モジュール』が構成要件(一)の『モジュール』を指していることは明らかである。」(判決書二二丁表四~八行)

(2) 「仮に、『該』の意味について被控訴人の主張するように解して、体件特許発明について、構成要件(二)は中間に位置するモジュールのみの構成を規定したものであり、構成要件(一)のモジュールのすべてについての構成を示したものではないとすると、モジュール形電気コネクタを構成する各要素を規定すべき特許請求の範囲において、モジュール形電気コネクタを構成する一要素である中間に位置するモジュールについてのみ具体的構成を規定するだけで、同様にモジュール形電気コネクタを構成する一要素である両端のモジュールについての具体的構成を規定していないこととなるが、両端のモジュールについては具体的構成を規定することを要しないとする合理的根拠は見出しがたい。」(判決書三二丁表九行~同丁裏七行)

との二点をあげている。

四 なお、右の結論を採用した場合に生じる問題点については、原判決は、

(1) 「確かに、『該モジュール』の文言がコネクタの両端に位置するモジュールも含むとの解釈に立つと、両端に位置するモジュールの両端部のうち他の類似のモジュールとの係合が問題とならない外側端部においても、「類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになっている』相補的係合装置を有しなければならなくなってしまうし、また、両端に位置するモジュールの各外側端部にある開放スロットも『類似のモジュール』の相補的部分との係合により、『相手方モジュール』の壁部によって閉塞されなければならなくなってしまうのであって、これらの点は、技術常識に反するものといえなくもない。」(判決書二二丁裏八行~二三丁表五行)

(2) 「また、甲第二号証によれば、本件明細書及び図面に実施例としで開示されているモジュール形電気コネクタにおいて、コネクタの両端のモジュールは、コネクタの内側に相当する端部には他の類似のモジュールと係合するための相補的係合装置を有しているが、外側になる端部は右のような相補的係合装置を有していないこと、実施例としては、両端に位置するモジュールにおいて、その外側端部にも相補的係合装置を有する構成のモジュール形電気コネクタは開示されていないことが認められる。」(判決書二三丁表五行~同丁裏一行)

との二点をあげている。

しかしながら、これらの問題点を克服するための反論としては、判決書二三裏二行ないし一一行において述べられているように、ただ単に、前項に掲げた二つの理由を再び繰り返しているのみである。

第三 上告理由

一 特許法第七〇条第二項(平成七年七月一日施行の改正法)に関する法令違背

1 「特許法等の一部を改正する法律」が平成六年一二月八日に成立し、それにともない、本年二月一四日に原判決が言い渡された後の七月一日に、新しい第七〇条第二項を含む改正特許法が施行された。

2 ところで、一般論として、原判決後に法令の変更があった場合に、新旧いずれの法律に基づいて法令違背が判断されるべきか、という問題がある。

これについては、〈1〉旧法基準説と〈2〉新法基準説がある。〈1〉の旧法基準説は、「原裁判所がその適用すべき義務のあった旧法に違背していない以上、新法により法令違背の責任を原裁判所の裁判官に負担させることは許されないから、上告審の審査は、原判決当時施行されていた法令を基準とすべき」との説であり、〈2〉の新法基準説は、「〈1〉の説は、上告審の法解釈統一の重要な使命を看過し、原裁判所の裁判官の責任を問責、非難する結果に成ることだけを気にかけているという欠陥があるから、上告審の審査は、上告審の判断の際に施行されている法令を基準とすべき」との説である。

このうちのいずれをとるべきかについては、「新法基準説が通説であり、正当である」(「注解民事訴訟法6」二五二頁、第一法規)、あるいは「わが国では旧法説をとる者はほとんど見当たらない」(「講座民事訴訟法7上訴・再審」二六四耳、弘文堂)といわれるように、とくに〈1〉新法において不遡及が定められている場合または〈2〉遡及効のないものと解される場合を除くほかは、新法を基準とするのが、通説である。

3 そこで、本件で問題の「特許法等の一部を改正する法律」を検討するに、まず、本法の附則第一条本文において、「この法律は、平成七年七月一日から施行する。」と定められたうえで、第二条以下に、様々な経過措置が定められている。しかしながら、この経過措置の中には、特許法第七〇条第二項に関するものはない。従って、同項は、前述の、「〈1〉新法において不遡及が定められている場合」には該当しない。また、詳細は後述するが、特許法第七〇条第二項は、従来の判例の流れに沿って、単にその内容を確認する形で規定されたものである。従って、同項の考え方は従来から認められてきたものであり、それゆえ同項は、前述の、「〈2〉遡及効のないものと解される場合」にも該当しない。

以上によれば、本件に関しては、新法たる特許法第七〇条第二項が適用され、それに従って判断されるべきである。

4 さて、特許法第七〇条第二項によれば、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」とある。

なお、この規定は、同条第一項の規定、すなわち「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」なる規定を受けたものであり、右第二項に定める「前項の場合」とは、右第一項に規定する、特許発明の技術的範囲を定める場合をいうものである。

この点につき、これまでの従来の判例においては、特許法第七〇条の「技術的範囲」の認定に関して次のような考え方が示されてきた。

ア 「実用新案法二六条は特許法七〇条を準用しているから、実用新案の技術的範囲は、登録請求の願書添付の明細書にある登録請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないのであるが、右範囲の記載の意味内容をより具体的に正確に判断する資料として右明細書の他の部分にされている考案の構造及び作用効果を考慮することは、なんら差し支えないものといわなければならない」(昭和五〇年五月二七日最高裁第三小法廷判決、判例時報七八一号六九頁)、

イ 「明細書の登録請求の範囲の文言の意味・内容を解釈・確定するに当っては、その文言の言葉としての一般的抽象的な意味内容のみにとらわれず、詳細な説明の欄に記載された考案の目的、その目的達成の手段としてとられた技術的構成及びその作用効果をも参酌して、その文言により表わされた技術的意義を考察したうえで、客観的・合理的に解釈・確定すべきである」(昭和六一年三月一四日大阪地裁判決、判例時報一二〇〇号一四二頁)

ウ 「要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情のある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない」(平成三年三月八日最高裁第二小法廷判決、判例時報一三八〇号一三一頁)

なお、アとイの判例は、本件と同様、いわゆる侵害系といわれる侵害訴訟の事案に関するものなのに対し、ウの判例は、先に引用した「リパーゼ事件」判決であり、いわゆる査定系といわれる審決取消訴訟に関するものである。

アとイの判決に代表されるように、いわゆる侵害訴訟においては、特許発明の技術的範囲の認定に際して、明細書の詳細な説明や図面を参酌すべきことは、いわば当然のこととしてなされている判決が多い。というのは、特許請求の範囲の記載は、明細書中の発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを簡潔に示すものであり(特許法第三六条第五項)、そのため一般に、その記載のみによって特許請求の範囲の意義を明確に理解することは困難なものだからである。

ところが、アとイの判決の後、査定系の事案ではあるが、ウの最高裁判決がなされた。この判決については、そもそも、査定系の事案における「出願発明の要旨認定」と侵害系の事案における「特許発明の技術的範囲認定」の問題を同一にとらえてよいか、という議論がある。(a)同一にとらえてよいとする説もあるが、(b)反対説もある。(b)の反対説は、侵害訴訟の場合では、発明の詳細な説明を参酌することにより、特許請求の範囲に記載された一般的抽象的な表現をより具体的制限的に解釈することが通常であり、そのためには、詳細な説明参酌の原則は、いわば必要不可欠な解釈手法として位置づけられている、とする説である。

そこで、この(b)の反対説の立場に立てば、アとイに代表される従来の判例の考え方は、ウの最高裁判決によってはそもそも何ら影響を受けるものではない、ということになる。

しかし、仮に、(a)の同一説の立場に立つと、ウの判決のとらえ方いかんによっては、アとイに代表される従来の判例の考え方が影響を受けることになる。この点について、ウの判決をどのように捉えるかについては、以下のような考え方が並立し、やや混乱が生じていた。

〈1〉 特段の事情のない限り、用語の意味の明確化という目的であっても、原則としては、発明の詳細な説明や図面の参酌は許されないとし、これまでの判例の考え方とは異なるものであるとする考え方

〈2〉 判旨の真の意味は、「語義の明確化等のために、原則的に発明の詳細な説明の参酌が許されるとの前提に立った上で、クレームに記載された技術的事項が、それ自体として明確に把握できる場合には、例外的に、それ以上に限定するような仕方で発明の詳細な説明を参酌することは許されない。また、発明の詳細な説明に記載があってもクレームに記載されていないものは記載のないものとして取扱うべき」というものであるとする考え方

そこで、今回の法改正に際しては、工業所有権審議会答申で、こうした状況をも踏まえ、仮に先の議論の(a)の立場に立ったとしても、前記〈2〉に示す考え方を確認的に規定するとの認識の下に、特許法第七〇条において、「クレームの記載は、発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌して解釈される」旨を規定する方向で検討することが適当であるとされた(「平成6年改正工業所有権法の解説」一一八頁、発明協会、参照)。

従って、これらを総合すれば、特許法第七〇条第二項の規定については、先の(a)(b)の議論のいかんを問わず、「願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」との条文の文言からも明らかなように、「特許請求の範囲に記載された文言の解釈については、原則として、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して行なうべき」との従来の判例の考え方(前記ア及びイの判例参照)を、確認的に規定したものと解釈すべきこととなる。

5 そこで、本件に関し具体的に検討するに、まず、原判決は、特許発明の技術的範囲の解釈に関し、

「特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法七〇条一項)、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明や図面の記載に照らして明らかであるなど、特段の事情のある場合に限って、発明の詳細な説明や図面の記載を参酌することが許されるにすぎないものと解するのが相当である」(判決書二〇丁表六~一一行)

との解釈を示している。

この判示部分に関しては、前述したとおり、「リパーゼ事件」最高裁判決をほぼそのまま引用した形になっているため、最高裁判決を巡って生じたその捉え方の対立について、いずれの立場に立つものなのかはっきりしない。

しかしながら、仮に、「原則としては発明の詳細な説明や図面の参酌は許されず、例外的に、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないというような特段の事情がある場合に限って、発明の詳細な説明や図面の参酌が許される」との立場に立つものとすると、その解釈自体、前述した特許法第七〇条第二項の規定の趣旨に反するもので許されないものである。

そこで仮に、右判示部分が、「原則としては発明の詳細な説明や図面の参酌が許されるとしたうえで、特許請求の範囲に記載された用語がそれ自体として一義的に明確に把握できる場合には、例外的に、それ以上に限定するような仕方で発明の詳細な説明や図面を参酌することは許されない」との立場に立つものとすると、その解釈自体は妥当であるが、その場合、「発明の詳細な説明や図面の参酌が許されない」場合とはあくまで例外的なものであるから、その例外条項を適用するについては、極めて厳格かつ制限的に行なわれなければならないものである。

6 そこで、原判決が右後者の場合に立つものとして、さらに原判決を検討するに、原判決は、

「本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)の『該モジュール』は構成要件(一)の『モジュール』を受けて記載されたものであって、構成要件(一)の『モジュール』を意味するものであることは一義的に明らかである。」(判決書二〇丁表一一行~同丁裏四行)

とまず判示している。そして、その判断の根拠として、文言解釈を行ない、

「『該』というのは、『問題となっている事物を指していう語。その。この。』という意味であって(株式会社岩波書店発行『広辞宛』参照)、本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)にいう『該モジュール』が構成要件(一)の『モジュール』を指していることは明らかである。」(判決書二二丁表四~八行)

と述べ、構成要件(一)にいう「該モジュール」の文言は、それ自体として一義的に明確に把握できるものと判断している。

しかしながら、前述したとおり、発明の詳細な説明や図面の参酌が許されない場合である「特許請求の範囲に記載された用語がそれ自体として一義的に明確に把握できる場合」とは、あくまで例外的な場合であるから、その適用は、極めて厳格かつ制限的に行なわれなければならないものである。

この点に関し、原判決の指摘するように、「該」という表現は、確かに一般的抽象的には、「問題となっている事物を指していう語。その。この。」という意味である。

しかしながら、本件では、原判決が、「本件特許発明はモジュールから成る電気コネクタ(モジュール形電気コネクタ)に係るものであるから、両端に一個ずつ位置するモジュールと、その中間に位置する少なくとも一個以上のモジュールから成るものであって、構成要件(一)にいう『モジュール』が右双方のモジュールを含むものであることは明らかである(この点は、当事者双方とも当然の前提として議論しているところである)」と判示する(判決書二〇丁裏五行~一〇行)ように、構成要件(一)にいう「モジュール」には、中間部に位置するモジュール、右端部に位置するモジュール及び左端部に位置するモジュールの三種類のモジュールが存在している。

このような状況の中で、構成要件(二)にいう「該モジュール」の文言が、「該」という表現が単に一般的抽象的に「問題となっている事物を指していう語。その。この。」を意味するという一事をもって、構成要件(一)にいう三種類すべてのモジュールを、一義的に明確に意味するものと断定しうるものであろうか。否である。

本来、「該」という表現は、ごく一般的抽象的に「問題となっている事物を指していう語。その。この。」を意味するに過ぎず、単にその表現より前に問題になっている事物を受けてそれを示すという、ごく一般的な指示語に過ぎないのである。従って、たとえば、前で問題となっている事物が単数である場合には、「該」という表現により、それのみを一義的に指し示すことに異論はない。しかし、前で問題となっている事物が複数ある場合には、その事物の一部または全部を指し示しているとまでしかいえず、それ以上に、常に一義的に、その事物の一部ではなく「全部のみ」を意味するとまでは到底いい難いものである。すなわち、「該」という表現は、その指示する対象が、前に問題となっているものであることを、単に一般的に意味しているに過ぎないものである。すなわち、厳密にいえば、「該」という表現により一義的に明確に意味づけられることは、「前に問題となっていないものはその対象ではない」ということだけである。従って、それ以上のことは、「該」という表現だけからは明確ではなく、果たして「該」の表現が前で問題となっている複数の事物の一部を指しているのか全部を指しているのかは、さらに前後の文脈等から判断されるべきこととなる。

以上によれば、「該」という表現のみをもって、常に一義的に、前に問題となっている事物の全部のみを意味する、とは到底解釈しえないものある。

なお、上告人も、一般論としては、原判決のように、「該」の表現が、前で問題となっている事物の全部を指し示す場合のありうることを否定するものではない。しかし、本件は、前述のとおり、あくまで例外条項の適用の場面であり、その適用は、極めて厳格かつ制限的になされなければならないものである。従って、かかる単なる可能性を前提にして、一義的にその意味が断定されると判断することは、明らかに、厳格かつ制限的な適用という例外条項適用の原則にも反するものである。

7 以上は、「該」という表現の一般的抽象的な意味に基づく解釈の問題についての検討であったが、実は、特許請求の範囲の文言の意味内容を解釈・確定するに当たっては、その文言の言葉としての一般的抽象的な意味内容のみにとらわれず、特許請求の範囲の他の文言の意義との調和の中で解釈することが必要不可欠である。

この点に関し、原判決は、

「仮に、『該』の意味について被控訴人の主張するように解して、本件特許発明について、構成要件(二)は中間に位置するモジュールのみの構成を規定したものであり、構成要件(一)のモジュールのすべてについての構成を示したものではないとすると、モジュール形電気コネクタを構成する各要素を規定すべき特許請求の範囲において、モジュール形電気コネクタを構成する一要素である中間に位置するモジュールについてのみ具体的構成を規定するだけで、同様にモジュール形電気コネクタを構成する一要素である両端のモジュールについての具体的構成を規定していないこととなるが、両端のモジュールについては具体的構成を規定することを要しないとする合理的根拠は見出しがたい。」(判決書二二丁表九行~同丁裏七行)

と述べ、原判決においても右の手法を用いることを肯定している。

そこで、さらに、特許請求の範囲の他の文言の調和を考慮して構成要件(二)にいう「該モジュール」の文言の意義を検討することとする。

まず、原判決の右判示部分であるが、確かに、特許請求の範囲においては、発明の構成に欠くことのできない事項のすべてを記載しなければならないことは明らかである(特許法第三六条第五項)。しかし、このことは、特許請求の範囲において、発明の構成に欠くことのできないすべての事項を同じ程度に等しく詳しく記載しなければならない、ということを意味するものではない。特許請求の範囲の記載は、あくまでその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が、出願当時の技術水準に基づき理解することができる程度に記載されていれば足りるものなのである。

本件特許発明の出願当時、モジュール形電気コネクタは公知であり、かつ、本件特許発明に係るモジュール形電気コネクタのように、その構成が、中間部に位置するモジュール及び両端部に位置するモジュールからなるモジュールコネクタも公知であったものである。その場合、両端部に位置するモジュールについては、他のモジュールと係合する端部においては他のモジュールと係合するための相補的係合装置を有するものであるが、その他端部については、かかる相補的係合装置は必要ではなく、代わりに、モジュール形電気コネクタ自体を固定する枠との係合装置が必要になることは、当業者にとっては自明のことであり、あえてその具体的構成を記載しなくても、当業者は十分に本件特許発明の構成を理解し得るものである。従って、右引用部分の「両端のモジュールについては具体的構成を規定することを要しないとする合理的根拠は見出しがたい」とする原判決の指摘は、あたっていない。

なお、原判決は、

「確かに、『該モジュール』の文言がコネクタの両端に位置するモジュールも含むとの解釈に立つと、両端に位置するモジュールの両端部のうち他の類似のモジュールとの係合が問題とならない外側端部においても、『類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになっている』相補的係合装置を有しなければならなくなってしまうし、また、両端に位置するモジュールの各外側端部にある開放スロットも『類似のモジュール』の相補的部分との係合により、『相手方モジュール』の壁部によって閉塞されなければならなくなってしまうのであって、これらの点は、技術常識に反するものといえなくもない。」(判決書二二丁裏八行~二三丁表五行)

と判示し、原判決のなした「該モジュール」の文言の解釈が、特許請求の範囲の他の文言の趣旨に照らしたときにそれと調和していないことを、自ら認めている。

前述したように、モジュール形電気コネクタにおいて、両端部に位置するモジュールについては、他のモジュールと係合する端部においては相補的係合装置を有するものであるが、その他端部については、かかる相補的係合装置は必要ではなく、代わりに、モジュール形電気コネクタ自体を固定する枠との係合装置が必要になることは当業者にとっては自明のことである。従って、原判決が判示する、「外側端部においても、『類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになっている』相補的係合装置を有」するとの解釈は、当業者がら見れば、余りにも突飛な解釈であり、明らかに技術常識に反するといえるものである。

このように、原判決の解釈は、特許請求の範囲の他の文言を考慮したときに大きな矛盾点を含んでいるにもかかわらず、それでもなお、構成要件(二)にいう「該モジュール」の意味は、「発明の詳細な説明や図面を参酌して解釈する」という技術的範囲認定の際の原則論を排除できるはどに、一義的に明確であると断定し得るものであろうか。否である。ここでいう一義的に明確であるというためには、当業者が、「かかる文言の意義を、特許請求の範囲の文言全体の中で、合理的に矛盾なく把握できるものでなければならないからである。

従って、原判決が認める矛盾点が存在すること自体、それだけで、原判決の解釈が一義的に明確ではないことの証左となっているのである。

8 以上のとおり、原判決の「本件特許発明の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件(二)の『該モジュール』は構成要件(一)の『モジュール』を受けて記載されたものであって、構成要件(一)の「モジュール』を意味するものであることは一義的に明らかである。」(判決書二〇丁表一一行~同丁裏四行)との判断は、特許法第七〇条第二項に違背するものである。

すなわち、特許法第七〇条第二項に従えば、構成要件(二)の「該モジュール」の意味については、発明の詳細な説明や図面を参酌して解釈されるべきものなのである。

本件の場合、発明の詳細な説明や図面を参酌すれば、原判決も認めるように、

「本件明細書及び図面に実施例として開示されているモジュール形電気コネクタにおいて、コネクタの両端のモジュールは、コネクタの内側に相当する端部には他の類似のモジュールと係合するための相補的係合装置を有しているが、外側になる端部は右のような相補的係合装置を有していないこと、実施例としては、両端に位置するモジュールにおいて、その外側端部にも相補的係合装置を有する構成のモジュール形電気コネクタは開示されていないことが認められる。」(判決書二三丁表五行~同丁裏一行)

ことは、明らかである。

かかる場合にもなお、原判決の判示のように、明細書及び図面に実施例として開示されているモジュール形電気コネクタの構成となる解釈を否定し、明細書及び図面に本件特許発明の説明としても実施例としてまったく開示されていないモジュール形電気コネクタの構成となる解釈をとるとすれば、それは、特許法第七〇条第二項の「願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」との規定に違背するものであり、明らかに認められないものである。

従って、構成要件(二)の「該モジュール」の意味について、発明の詳細な説明や図面を参酌して解釈すれば、原判決の判示とは異なり、上告人の主張するように、

「『該モジュール』とは、構成要件(一)に記載された、電気コネクタを構成するモジュールの一切を意味するものではなく、電気コネクタを構成するモジュールのうち、中間部に位置するモジュールを意味するものと解釈すべき」(判決書一〇丁表四~七行)

こととなる。

また、そうであれば、本件特許発明にかかる「モジュール形電気ユネクタ」とは、原判決の判示とは異なり、上告人の主張するように、

「少なくとも一個以上の『中間モジュール』と、両端に一個ずつの端部モジュールとにより構成されるべき」(判決書一〇丁表九~一一行)

ものである。

そうであれば、被告製品によって構成される「被告モジュール形電気コネクタ」は、本件特許発明の技術的範囲に属するものであり、被告モジュール形電気コネクタの中間部に用いられるミドルハウジングは、本件特許発明の「モジュール形電気コネクタ」の生産にのみ使用されるものといいうる(判決書一三丁表七~一〇行参照)。

そして、その結果、ミドルハウジングを製造、販売する被上告人の行為は、特許法第一〇一条一号により、本件特許権を侵害するものとみなされるものとなる(判決書一三丁表一一行~同丁裏一行参照)。

以上から明らかなように、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背が認められるものである。

二 特許法第七〇条第一項に関する法令違背

1 前項で得なった特許法第七〇条第二項に関する法令違背に関する主張と重複する部分も多いので、簡単に要旨のみ主張することとする。

2 前項4で主張したように、このほど改正された特許法第七〇条第二項の規定は、とくに新しい内容を定めたものでなく、「従来の判例の考え方を確認的に規定したものであると解されている。

そうであれば、従来の判例の考え方に従えば、かかる規定が設けられる以前より存在した特許法第七〇条第一項の「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」との規定中、「特許請求の範囲の記載に基づいて」とは、『願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈する」(特許法第七〇条第二項)ことを原則とするものである。

3 しかるに、前項で検討したように、原判決は、構成要件(二)の「該モジュール」が構成要件(一)の「モジュール」を意味するものであることは一義的に明らかであるとの理由で、発明の詳細な説明や図面を参酌して解釈することを否定している。

しかしながら、かかる原判決の説示が、特許法第七〇条第一項の規定に違背するものであることは、前項においてなした、特許法第七〇条第二項に関する主張と同様である。また、かかる法令違背が判決に影響を及ぼすものであることも、前項での主張と同様である。

第四 結論

以上のとおり、原判決は、特許法第七〇条第二項及び同第一項の規定の解釈、適用を誤っており、右は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背であるから、原判決は破棄されるべきである。

以上

(別紙)

本件特許発明の構成要件の分説

(一) 両端部間に、各電気接触子9を収容するための少くとも二個の腔8を有するほぼ直方体状の弾性絶縁材料ブロックを含有するモジュールから成る電気コネクタであること。

(二) 該モジュールの前記両端部が類似のモジュールの相補的部分とスナップ係合するようになっている相補的係合装置10及び11を具えていること。

(三) 該モジュールの両端部における各腔8は、該腔8の幅のほぼ半分の幅まで延出する壁部19によって部分的に包囲されるように、該腔8の幅のほぼ半分の幅の開放スロット18を有すること。

(四) 該モジュールの両端部における腔8を部分的に包囲する壁部19は、モジュールの両側壁から内方に延出していること。

(五) 類似のモジュールの相補的部分と係合することにより、モジュールの開放スロット18が相手方モジュールの壁部19によって閉塞されること。

(六) モジュール形電気コネクタであること。

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